石崎岳

石崎岳

石崎岳さんとは??

石崎岳さんは、町村派で、地元民放のキャスターから転身し当選3回の政治家です(・∀・)

石崎岳さんのプロフィール

石崎岳さんは1955年7月9日生まれ。北海道旭川市出身。1979年、札幌北高等学校、京都大学文学部を卒業し、北海道放送(HBC)に入社しました。入社後は同局の看板番組『テレポート6』のキャスターを4年間務め、アナウンサーとしてのキャリアを積みます。そして北海道放送を退職し、衆議院議員総選挙に出馬します。

石崎岳さんの歴任

  • 安倍内閣発足で厚生労働部会長に就任。
  • 福田康夫改造内閣で総務副大臣就任。
  • 党広報局長、党道連副会長就任、党札幌市連会長就任。
  • 整備新幹線等鉄道調査会副会長に就任。
  • 中心市街地再活性化調査会幹事に就任。
  • 子育て対策支援小委員会委員長に就任。
  • 札連会長に就任。
  • 国対副委員長に就任。
  • 沖縄北方問題特別委員会理事に就任。
  • 社会保障制度調査会副会長に就任。
  • 年金委員会委員長代理に就任。
  • 社会保険庁等の改革WG副主査に就任。
  • 障害者特別委員会委員長代理に就任。
  • 道州制調査会副会長に就任。

所属していた団体・議員連盟

  • 改革加速議員連盟 事務局長
  • 外国人材交流推進議員連盟
  • 自民党動物愛護管理推進議員連盟
  • 再チャレンジ支援議員連盟日本会議国会議員懇談会
  • 雪氷エネルギー推進議員連盟 事務局長
  • 神道政治連盟国会議員懇談会
  • 北海道新幹線早期実現推進議員連盟 事務局長
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石崎岳さんの政治活動~初当選~

石崎岳さんの初当選は、初の小選挙区制での衆院選でもある第41回衆議院議員総選挙(1996年10月20日)です。自民党から北海道第3区(中選挙区時代の町村信孝の地盤)に出馬し、元看板アナウンサーという知名度から、荒井聰に3千票あまりの差をつけ当選しました。

石崎岳さんの政治活動~異例の抜擢~

小渕内閣で1期目では北海道開発庁政務次官を務め、また、中川昭一氏の指名を受け、拓銀破綻後の処理を受け持ちました。

石崎岳さんの政治活動~落選~

第42回衆議院議員総選挙(2000年)で、前回勝った荒井氏に6千票差で敗れ、落選してしまいます。因縁の対決ですね(*´・ω・)(・ω・`*)

石崎岳さんの政治活動~札幌市長再選挙~

その後、札幌市長再選挙に、自民党道連会長佐藤静雄や北海道知事就任して間もない高橋はるみさんから全面的な支援を受け、自民党のほか保守新党推薦、公明党支持を取り付け、道見重信に代わって出馬します。が、残念ながら民主党と社民党の支持を受けた上田文雄氏に2万6千票差で敗れ、次点に終わりました。3位の中尾則幸氏には大差を付けたので、事実上の一騎打ちだったようです(・∀・)

石崎岳さんの政治活動~荒井氏との戦い~

石崎岳さんの政治活動は、常に荒井氏との戦いでした。第43回衆議院議員総選挙(2003年)では荒井氏に小選挙区(北海道3区)では3千票差で敗れるも、比例復活で2度目の当選して国政に復帰しました。第44回衆議院議員総選挙(2005年)では荒井氏に1万4千票の大差をつけ、小選挙区(北海道3区)で3度目の当選しました。そして道州制調査会事務局長、北海道道州制検討小委員会事務局長として、道州制を推進する活動を行いました。第45回衆議院議員総選挙(2009年)では荒井氏に7万3千票の差で負け、小選挙区(北海道3区)比例復活もかなわずに落選します。この落選をきっかけに引退を表明しました(><)

引退後

政界を引退した石崎岳さんは、北海学園特任教授として、2010年より北海学園大学及び北海商科大学の講演を担当しています。また、北海道で大人気の佐藤のりゆき氏の主宰する北海道独立研究会設立で活動しています(・∀・)

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